2006年09月30日

おっしゃる意味がサッパリわかりません。

<あらすじ>ジュンク堂と中野まんだらけに行った我々は、物欲と可処分所得との圧倒的な開きの前にうちひしがれ「ビンボー人は本屋および古本屋に行ってはならぬ」ことを悟ったのであった。

我々はビンボー人の身分を自覚し、当面は本は図書館から仕入れることとした。しかし最寄りの図書館は改装工事のためにしばらく休館という泣きっ面に蜂な現状。仕方が無いので、他の図書館を探索するのでありました。

借りてきました、ロジャー・ペンローズ著「心は量子で語れるか」。ソータイセーリロンと、リョーシリキガクと、人間の心の間にあるアレについて、ペンローズ先生の考えを述べた本です。

いわゆる「猿でもわかる相対性理論」のようにムズカシイ理論を平易に説明する本、ではないのです。「まだ誰も知らない本当の物理理論にはこう言った性質が必要なはずだ!とオレは信じてるもんね」というペンローズ先生の主張を述べた本です。

つまり先生の主張を理解するためには、相対性理論とか量子力学とか宇宙論とか非ユークリッド幾何学とか群論とかを理解するだけでなく、それらの限界点まで理解しなくちゃわからないわけですわ。

とりあえず1/3まで読んだ感想は、おっしゃる意味がサッパリわかりません、ということです。

特殊相対性理論と、量子力学の前段階としての解析力学を勉強するところからやらんとダメなのかしら。あとはペンローズ先生のこのお考えを最初に説明した「皇帝の新しい心」にもう一度チャレンジすべきか。

世の中にまだ知らないことがあるというのは、楽しいことですな。


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2006年09月03日

「笑いを取る」ということばをたいへん嫌います。

狂言は毒をもって笑わせるのではなく、自然にわきあがってくる健康的な笑いを楽しんでもらうのです。『イソップ物語』の「北風と太陽」ではありませんが、強い風で直接的に吹き飛ばそうとするのが現代のお笑い。腰を振って下品なまねをしたりすれば、人は笑うでしょう。しかし、そうではなくて、じわじわと太陽の熱でおのずとコートを脱がせるようなほほえましい笑いが、狂言の笑いではないかと思うのです。

流派や家にもよるのでしょうが、野村家では、「笑いを取る」ということばをたいへん嫌います。おのずと笑わせるのです。(略) 人間がたくましく生きる姿を一生懸命に演じる。一生懸命にやればやるほどおかしくなってくる。素直に見てもらって、素直に発散できる笑いが、狂言の笑いの特徴であると思います。

もちろん喜劇的な風刺の側面もありますが、根底に流れているのは、限りない人間への賛歌、人間肯定の思いです。(略)

人生を変えるほどの大テーマを突きつけたりはしないけれども、観客席も舞台に共鳴して、いつの間にかストレスを発散している。狂言の社会的存在意義は、浄化作用なのではないかと思っています。すっきりして、あしたもがんばろうという開放感を味わう。帰り道に、ふっと思い出し笑いをしてしまう。そういう幸福感を持ち帰っていただけるところが、狂言のいちばんいいところではないでしょうか。

シェイクスピアが『ハムレット』のなかで、「芝居は人生の鏡」といっています。狂言も、自分を映せるとてもシンプルな鏡面構造をしていると思います。テレビなどは、一方的で受動的なものだと思いますが、自分の感性で参加できる楽しみが、狂言にはあると思います。

受身専門で、それ以上のものを求めない人には難しいかもしれませんが、自分の感性を潤わせて遊びたい人には、ふさわしい演劇だと思います。ぜひとも、想像力を持って、狂言の世界で高度に遊んでもらいたいと思います。

萬斎でござる, 野村 萬斎 著, 朝日新聞社 より。


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2006年05月26日

読書:数字に弱いあなたの驚くほど危険な生活

問題:
レストランに来るお客さんが、マジックを好きな確率は1パーセント。
マジックを好きな人が「マジックはお好きですか?」と聞かれて「はい」と答える確率は90パーセント。
本当はマジックを好きでなくても「マジックはお好きですか?」と聞かれて「はい」と答える確率は9パーセント(大人の配慮効果)。

レストランに来るお客さんに「マジックはお好きですか?」と聞いて「はい」と答えてくれたとき、そのお客さんが本当にマジックを好きな確率はどのくらいですか?

(数字は架空のものです)

 

 


統計データが表現方法によっていかに誤解されにくくなるか、どうすれば誤解されずに伝えられるのかの本。

数字に弱いあなたの驚くほど危険な生活―病院や裁判で統計にだまされないために,ゲルト ギーゲンレンツァー著,早川書房,2003

絶対確実なものは世の中にほとんどない。それを表現しようとすれば統計数字を使わざるを得ない。しかし統計数字は使い方によっては非常に理解しにくくなる。

同じデータも表現方法をかえるとわかりやすくなる。

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2006年02月06日

読書:演劇入門

主人公が入ってきていきなり「あぁ、美術館はいいなぁ」と独り言を言う。これがいちばんダメな台詞の例である。

しかし劇作家としては、ここが美術館であることを観客に知らせなければならない。舞台美術などの力を借りずに、台詞だけで話を進めなければならないとしたら… 例えば以下のようにする。

女「いいでしょ、たまには、こういうとこも」
男「まぁね」
女「たまには、ゆっくりしないと」
男「うん」

女「さっきの絵、意外と大きかったね」
男「うん。なんだか、教科書で見るのと、ずいぶん違うね」
女「やっぱり、絵は本物を見ないと」

男「やっぱり美術館はいいなぁ」
女「そうでしょ、来てよかったでしょ」

原則は「遠いイメージから入る」ことだ。遠いイメージというのは…
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